鈴木 弘子(アメフト選手)

Women's Professional Football Player ☆ Betty Suzuki

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怪我だ・・・

イタイイタイと思ってたら、やっぱり、チップしてますって、ドクター曰く。左手の人差し指の付け根、一昨日の試合の最初のプレー、私のQBサックで幕開けじゃ〜!と思ったら、なぜかQBのジャージに人差し指だけ引っかかって、持っていかれちゃった。キチッとユニフォーム着てよね。3倍くらいに腫れてる。

楽しみにしていた明後日のビーチバレーもキャンセル。バレーボールはなんと言っても、突き指製造スポーツだからね、やばいわ。「シーズン中は他のスポーツは控えるように」との神の思し召しなんだわ。ってことにしておこう。にしても痛い。今週末、試合がないのが幸いだ。

歯医者で手術

帰国の大きな目的のひとつである歯医者に行く。予約制の混んでる歯医者なのに、無理やりねじ込んで入れてもらって更に4時間近く軟禁され、治療していただいた。(とは書いてますが、親切で明朗会計、湯谷歯科、絶対お薦めです!)

常にマウスピースを着けてフットボールしているんだけど、ちょっとづつちょっとづつ歯がずれて、詰め物が取れたり、歯が欠けたりしてしまっている。

前歯は差し歯がなんだけど、根の部分に亀裂が入り、ばい菌が入って化膿しているらしい(らしいと言いつつ、自覚症状あり)で、通常なら、差し歯を一度抜いて、中の根の処置をするらしいのだが、なんせ滞在10日間ゆえ、なんと歯茎をメスで切って直に根の治療をすることに。

口元にスポットライトが照らされ、歯科衛生士さんも二人付き、研修の先生までやってきた。メスがキラッ!血が飛び散って・・・最後に黒い糸で縫った。

鼻から下全部麻酔状態で、神楽坂の超高そうな料亭に行った。雰囲気にのまれ、術後だっていうのに、つい飲んでしまった。

危険なスポーツ

昨シーズン在籍していたスコーピオンズの選手・シノブから電話があった。彼女はアメリカ人と日本人のハーフで、今シーズンも何度も電話で私をスコーピオンズに誘ってくれた。

私がスコーピオンズに残らなかった理由はひとつ、オーナーとその彼女・ジョディが大嫌いだからだ。ジョディは選手兼チームPR。選手といっても温情で結果の決まった後、最後にちょろっと出してもらう程度の選手だ。そのうっぷんをPRで晴らしているとしか思えない。昨年の私への取材はことごとく断られた。私が事前にメディアと策略して、OKが出た取材もかなり意地悪された。

これでは私の社会的信頼も失ってしまう、移籍を決めた。私だけ試合のギャラが支払われなかった。オーナーからの支払い明細にはいくつもの名目で数百ドルの罰金が引かれた額が書かれていた。断然抗議したが、「シノブにきちんと説明した。彼女はあなたに通訳したはず」と言われた。シノブは選手であって通訳でないし、彼女の日本語はパーフェクトでない。それよりなによりシノブに通訳を頼んだって言うのも絶対嘘だ。この件に彼女をこれ以上巻き込みたくなかったので、私は涙を飲んだ。

シノブは電話で英語で語った。「相変わらず、オーナーとジョディは嫌われてる。私達はもう相手にしてないんだけど、新人選手はしょっちゅう喧嘩しているよ。」
「ジョディはセンターがいないからって、自分がセンターになった。ベティの代わりが出来るわけないじゃんねぇ」
「今日からフルスタイル(ショルダーとヘルメットをつけて)の練習だから、ディフェンスラインはジョディをぼこぼこにするからって張り切ってる、だからべティ練習見においでよ。」

って言われてもねぇ。シノブの執拗な誘いは続く。「ベティが来て、オーナーは怒ると思うけど、公開練習だから、何も言えないと思うよ。大丈夫、選手はみ〜んなベティの味方だから、追い返そうとしたら、私達が守るよ。」

って言われてもねぇ。私にとっちゃ百害あって一利もないじゃん。もうこれ以上巻き込まれたくない!!結局行かなかったが、ジョディどうなったかなぁ。。。。ちょっと気になる。

人生で一番長かった2年間

やった〜

念願だった海外旅行許可証がやっとやっと届いた。

思えば2004年6月19日、ロングビーチにやってきた。この年でビザが切れるので、更新手続きをお願いに弁護士のところに行った。アメリカは年齢によってビザを発行しないことは、差別に値するので、私が選手を続ける限り、このP−1(スポーツ選手用)ビザは発行される。しかし選手を辞めたとき、私はコーチ学やスポーツ学や経営学を勉強したことがないので、次のビザは下りないと言われた。

もしアメリカに残りたいなら選択肢は二つ、選手をしながら大学で勉強をするか、グリーンカードを取得するか。弁護士曰く、グリーンカードが取れる可能性は90%、期間は3ヶ月。

私は選手を引退したときのことを考えるのはまだまだ先で良いと思っていた。青写真は何もなかった。なんとなくぼんやりとアメリカで自分のチームを持ちたいと思っていたが、それは女子プロリーグ如何にかかわっている。チャンピオンシップでのTV放映が決まり、映画化が決まりとずいぶん飛躍はしているがまだまだビジネスとまではいっていない。私が移籍し、チームを強くすることはできても、私がアメリカ女子フットボールの人気をあげるのは全くもって無力である。(人はWWEデビューが近道と言うが)

母に相談してみた。人生で初めてかも知れない。母は「グリーンカードを取ってのデメリットは?」私「もし取っても放棄することになったら弁護士代もったいないじゃん、6000ドルもかかるんだよ」 母「かかっても100万円でしょ、そんなの稼げばいいじゃない」

結局、母に弁護士代を肩代わりしてもらい、グリーンカードを申請することにした。

その時、私は弁護士にあまり説明を聞かなかったので、諸々の手続きはシーズン終了後で良いや、と後回しにし、シーズン終了後、言われた書類をかき集めて、弁護士のところに持っていくと、いろいろ説明してくれた後「旅行許可証が下りるのが2〜3ヶ月くらい、それまでアメリカを出られません」と言われた。どっひゃ〜明日にもチケットを買う予定だった。

このときが、10月の末。一旦帰国して来期渡米する時に書類を持ってきて申請ということも考えたが、来期のチームも決めておらず、春季リーグにもちょっと興味があった。「早ければ年内に帰れますよ」という弁護士の言葉と面倒なことはさっさと終わらせたいという気持ちと、帰国したら迷うかもしれない善は急げ、の気持ちで、このままアメリカに残って申請することにした。

年が明けても、すぐに届くはずと言われた労働許可書さえ届かない。現在のビザではチーム(若しくはリーグ)でしか働くことができないが、労働許可書が手に入れば、アメリカ人と同じように働くことが出来る。

いよいよ待ちきれず、弁護士に調べてもらう。

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事件簿・休息

あまりに電話が繋がらないので調べてみると、その電話番号は南カリフォルニア全域をカバーする番号だった。LAの人もSDの人も郵便物が届かないとみんなそこに電話するわけだから、郵便事情の悪いこのアメリカにおいて、電話回線が何千本あっても繋がるわけない!

とりあえず明日母が来るし、この件は年末年始の休暇としよう。

今日はホリディボウル@サンディエゴ。街はオレゴン大の応援団であふれ返っている。試合会場の応援団は、半々なのに、オクラホマのファンはホテルにこもってるのかなぁ。

来年のSDSUのヘッドコーチは、オクラホマから来るので、サンディゴも他人事とは言えず? & 名門校どおしのカードにかなり盛り上がっている。試合も白熱したいいゲームでした。
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